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チアカリックスアレーンの多機能性創発 - 超分子金属錯体の創製と分析化学的応用 

チアカリックスアレーン(TCA)とは? 

それはエンジンオイル添加剤(フェノールを硫黄で架橋した鎖状オリゴマー)合成の途上,偶然発見された.すなわち環状4量体が見いだされた.合成法の改良し,大量に入手できるようになったTCA.さてその機能はどのようなものだろうか?というのが本研究の出発点であった.物質との対話である.その結果,金属イオンへの配位能などその架橋硫黄に由来し,通常のカリックスアレーンにはない特徴を見いだした[1].当研究室ではその4組の架橋硫黄とフェノール酸素(O4S4),さらに環状構造などTCAの特徴を活用し多様な機能 ー多機能性(Multifunctionality)ー をいかに引き出し,センシングや発光材料に応用展開するか,研究している[2].

超分子型超長寿命発光錯体の自律的形成

TCAはハードなO4およびソフトなS4ドナーセットを有している.これらに着目すればTCAは異核副核錯体を形成し得るのではないか,と予想される.そこで,水溶液中でAgI, TbIIIイオンと反応させたところTCAは自律的に三元錯体AgI2·TbIII2·TCA2およびAgI2·TbIII·TCA2を形成した.いずれも2個のTCAが金属コアをサンドイッチする構造を有する.これは例えばAgI4·TbIII·TCA2のX線結晶構造解析から導かれた[3].

注目すべきはTbIIIを取り囲むO8立方配位環境である.これはランタニドの配位環境としては珍しい. これらの三元錯体は何れも強いエネルギー移動発光を示した.すなわちTCA部位が光を吸収し,得られたエネルギーをTbIIIに移動させ,励起されたTbIIIが発光を示す現象である.中でも錯体AgI2·TbIII·TCA2は溶液中のTbIII発光寿命としては最も長い4.6 msの寿命をもつ[4].これはO8立方配位環境により失活を促す水分子からTbIIIが保護されているためである.美しい構造の形成や長寿命発光は構成要素TCA,AgI,およびTbIIIの何れからも予測し得ない機能で,超分子としての性質である.現在,超長寿命発光のバイオプローブや発光素子への応用,近赤外発光系へ展開している. 

超分子形成に基づく超微量AgIの発光センシングシステム 

自律的なAgI2·TbIII2·TCA2の形成はpH 6で起きるが,この条件では二元錯体TbIII·TCAは形成しない.そうするとTbIII-TCA系は共存するAgIの量に応じてAgI2·TbIII2·TCA2の形成に基づく発光を与える.つまりAgIの発光定量法を構築できる.実際に検出限界を調べたところ0.35 ppb (3.2×10–9 mol/l)にも及んだ.金属イオンの発光検出試薬の設計原理の主流は,信号部位(発蛍光部位)とイオン認識官能基との共有結合的連結であるが,本センシングシステムでは各構成要素そのものには信号部位を見いだせない.これはAgI2·TbIII2·TCA2が自律的に生成したときに形成されるもので,構成要素の機能を越えた機能であり(機能発現の非線形性),新しい試薬設計原理となり得る[5]. 

TCA空孔への包接を利用する超分子センシングシステム 

二元錯体TbIII·TCAはゲスト分子を包接し得る空孔を有する.そこでTCAのTbIIIへの配位機能,錯体の発光機能,さらに空孔へのゲスト分子包接機能を同時に用い,カチオン性ゲストの消光センシングシステムを構築した.ピリジニウム,キノリニウムの超微量消光センシング(検出限界1.1 ppb)が可能となった.これは生体分子NADのセンシングに応用することが可能であった[6].TCAのMultifunctionalityを活用する本システムのアプローチが注目され,J. Incl. Phenomen.誌の表紙に本システムのスキームが掲載された[7]. 

TCAの多機能性 

以上のように超分子錯体の自律的形成,O8立方配位環境の形成,超長寿命発光機能,AgIやカチオン性ゲストの超分子センシング機能など,TCAは多様な機能すなわち多機能性(Multifunctionality)を発現した.何れもO4S4ドナーセット,空孔などTCAの多官能性を最大限に利用したシステムである.現在,発光材料,発光素子としての展開を図っている. 

1 新規ホスト分子チアカリックスアレーン,諸橋直弥,壹岐伸彦,宮野壮太郎,有機合成化学協会誌,60(6), 550-562 (2002). 

2 Non-covalent strategy for activating separation and detection functionality by use of the multifunctional host molecule thiacalixarene, N. Iki, J. Incl. Phenom. Macrocycl. Chem., 64 (1-2), 1–13 (2009). 

3 One-step heterogeneous assembly of terbium(III) and silver(I) with thiacalix[4]arene ligands to form a cage including terbium(III) in an octa-oxygen cube, Teppei Tanaka, Nobuhiko Iki, Takashi Kajiwara, Masahiro Yamashita and Hitoshi Hoshino, J. Incl. Phenom. Macrocycl. Chem., 64(3-4), 379–383 (2009). 

4 Exceptionally Long-Lived Luminescence Emitted from TbIII Ion Caged in an AgI-TbIII-Thiacalix[4]arene Supramolecular Complex in Water,

Nobuhiko Iki, Munehiro Ohta, Takayuki Horiuchi, Hitoshi Hoshino, Chem. Asian J., 3, 849–853 (2008)

5 A Supramolecular Sensing System for AgI at Nanomolar Levels by Formation of Luminescent AgI-TbIII-Thiacalix[4]arene Ternary Complex, Nobuhiko Iki, Munehiro Ohta, Teppei Tanaka, Takayuki Horiuchi, and Hitoshi Hoshino, New. J. Chem., 33, 23–25 (2009) 

6 Detection of Cationic Guest Molecules by Quenching of Luminescence of a Self-assembled Host Molecule Consisting of TbIII and Calix[4]arene-p-tetrasulfonates, Takayuki Horiuchi, Nobuhiko Iki*, and Hitoshi Hoshino, Anal. Chim. Acta, 650(2), 258–263 (2009). 

7 Non-covalent strategy for activating separation and detection functionality by use of the multifunctional host molecule thiacalixarene, N. Iki*, J. Incl. Phenom. Macrocycl. Chem., 64 (1-2), 1–13 (2009).

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