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3年生とI教授との対話

I教授 本日はようこそ.

 

A君 さっそくですが何を研究しているのですか?リン酸の滴定ですか?

 

I教授 いいえ,分析化学です.

 

B君 ああ,あの電荷収支とかpHの推算?

 

I教授 いいえ,化学平衡論は基本的なツールの一つに過ぎません.分析化学はもっと広く,物質の情報(質と量)を取り出す方法論についての学問です.対象は生体,環境,材料です.取り組んでいる例をお示ししましょう.

 

例)病変部位(がん)の検出・イメージング・早期診断,血清中の超微量鉛の定量,土壌中重金属の定量,米中カドミウムの定量,生体分子複合体の速度論的安定性...

 

A君 今どき分析機器があるじゃないですか.それらで簡単に測れるのでは?

 

B君 (分析機器?教わってないな)

 

I教授 いいえ,現実の試料は複雑系であり,測りたいものを高感度で測るのは難しいのです.一方,分析法に求められる性能も厳しさを増しています.感度,選択性,簡易性,...

 

A君 ではどうやって?

 

I教授 この研究室のアプローチの仕方は一言で言えば「鍵となる物質(配位子や金属),反応場(分離場)を組み合わせて高機能の分析システムを創成する」となります.

 

B君 なんだか難しそうですね.わかりやすくいうと?

 

I教授 では事例で説明しましょう.ここにチアカリックスアレーンTCASとテルビウムTb(III)があります.

 

B君 聞いたことがありません(ますますわからない...)

 

I教授 (気にせず)pH 8.5にすると両者が結合してTb(III)-TCAS錯体が生成し発光します.しかしpH 6付近では両者は結合せず何も起きません.そこに微量のAg(I)が存在すると全く別の発光錯体Ag2•Tb2•TCAS2が生成します.これを利用してSub-ppbレベルのAg(I)の定量ができます.この発光検出機能はTCAやTb(III)単独の機能ではなく,Ag(I)を含むシステムとしての機能です.

 

 

 

 

 

A君 それは面白そうですね.

 

I教授 予想外の高度な機能の発現.ここに化学研究の面白さがあります.この感動を共有するのが研究室です.こんなシステムを学生さんといくつも作ってきました.実際Ag2•Tb2•TCAS2は学生さんが発見したものですよ.

 

A君 スゴイ

 

I教授 Chance favors the prepared mind. このprepared mindを醸成するのが研究かなぁ,座学じゃ身につかんのだよ,ボソボソ・・・.

 

A君 あ,パスツールの言葉.

 

B君 ?.高度な錯体ができるのは面白いですが,どこが独創的なのですか?

 

I教授 的を射た良い質問です.分析試薬設計として独創的です.通常の分析試薬は発光部位と金属イオン結合部位を共有結合で結んで設計します.その機能は構成要素の機能の和です.数式で表せば

 

f(Σ(component)) = Σf(component)

 

となります.f(x)はxのfunction, 機能です.しかしAg2•Tb2•TCAS2システムの場合

 

f(Ag2•Tb2•TCAS2) > f(Ag) + f(Tb) + f(TCAS)

 

となります.この不等号,予想を上回る機能を導き出すところが戦略として独創的です.一般化すると

 

f(Σ(component)) > Σf(component)

 

A君 数式は概念を単純明快に表しますね.

 

B君 数式は苦手です.ますます難しくなってきました.ところで4年生でも大丈夫ですか?

 

I教授 具体的な実験方法は教員や先輩が指導します.基礎となる知識は研究しながら身につけますので心配いりません.錯体化学や溶液物理化学については研究室のセミナーでしっかり学習します.

 

A君 研究成果はどうしますか?

 

I教授 もちろん発信します.学生さんには学会発表(国内外)を積極的にしてもらいます.論文も投稿します.それらをすることで研究が完成します.

 

B君 それをして何が身につきますか?

 

I教授 問題解決能力です.研究課題を理解把握し,不足情報を検索し,実験データを集め,それらを頭脳の中で総合し(考察),再検索・実験を行う.それを繰り返して課題を解決し,それを発信する.このトレーニングにより問題解決能力が身につきます.さっきのprepared mindもね.これらは社会に出てからも役に立ちます.

 

A君 研究室のポリシーは?

 

I教授 自主・自律・自立です.

 

B君 単純で不明快ですね?

 

A君 もう少し具体的に...

 

I教授 主体的に研究に取り組み,研究室生活を自己管理し,一人前の研究者になって研究室を巣立って下さい.当たり前のことだけれども意外と難しいですよ.

 

A君 研究室のゼミは?

 

I教授 研究発表を行う「リサーチセミナー」,自分の研究の立ち位置を確認し,最新のトピックに触れる「雑誌会」,錯体化学や溶液化学に関する「輪講」で成り立っています.

 

B君 研究室の雰囲気,行事,アクティビティは?

 

A君 就職先も知りたいです.

 

I教授 HPをご覧ください.

 

A,B君 おお!

 

I教授 要するに研究室も

 

f(Σ(component)) > Σf(component)

 

かなぁ.

 

A,B君 はぁ?

 

I教授 componentはmemberと置き換えて.教員や学生個々人では大した働きはできないが,チームとしての働きはそれを上回る.研究成果だけではない.学生さん一人一人が問題解決能力を身につけること,それこそがチームの成果.

 

A,B君 なるほど!

 

I教授 興味を持ったらまた来てください.廊下にはいくつものシステムについての学会ポスターを展示しています.見てってください.

 

A,B君 ぜひ!

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